月夜見

     どこのおウチでもお約束 〜大川の向こう

 
今年の梅雨は何だか妙な按配で。
ある意味、それがこのところの例年通りなのかも知れない、
降るときはドカンとまとめて降ったり、
そのくせ何日も続くということはなかったり。
はたまた地域に拠っちゃあ、ちいとも降らない日数が増えて、
水がめと呼ばれるダムが日に日に枯れてゆき、
関東では夏場の水の供給は大丈夫なのかと案じられてもいて。

 “この辺りは今のところは通常運転みたいだけれど。”

それでもひところほど雨の日が延々と続くということはなく、
台風が来た時と同じよに一応川の水嵩に用心するということはしなくなって久しいとか。
今年もそれほど連日の雨ということはなく、
昨日は一日中降ったが今日は昼前から雲も切れての晴れ間が覗き、
そうなると、我が家の王子様もそれはお元気にたったかと学校から戻って来、
マキノさんが作ってくれた焼きそばをお昼ごはんにと食べてから、
ちょっとだけお昼寝をしてのち、

 「えっとぉ。」

茶の間の柱時計を見上げ、う〜んとう〜んとと何やら算段してから、
うんと大きく頷き、バタバタと玄関へ出てゆく様子。
察しはつくがそれでも一応、

 「ルフィ?何処に行くのかな?」

台所から出て来がてらに声を掛ければ。
戦隊ヒーローがプリントされた靴っくの小さな爪先を三和土にとんとんと打ち付けていた坊や、

 「2時になっからゾロを迎えにいくんだ。」

やっと履けたとお顔を上げて、
自分で出来たことへか、それともお迎えに出るのが嬉しいか、
目許を細め、満面の笑みで笑うのがまた可愛い。

 「そっか、今日はゾロくん、5時間目までか。」
 「うんっ。」

そーゆうわけだと言わんばかり、
大きく頷き、そのままガラスの引き戸をガラガラと引き開けて外へ飛び出してく元気者。

 “ルフィが時計を読めるようになったのはゾロくんのおかげだな。”

ばたばた、飛び石を叩くように蹴って飛び出してった小さい背中を見送りつつ、
マキノがくすすと楽しそうに笑う。
今時はスマホや携帯で用が足りるのでと腕時計をする若者も減り、
目覚ましや駅の時刻表示などなど、どこでもデジタル表示が当たり前となりつつあるが、
それでも丸い文字盤に12時間をクルクルと針が回る時計も
各家庭の茶の間や玄関などには健在だし。
1日が24時間であることの道理の根本、
非常時に優先される公衆電話と同じで、すっかり滅びてしまうということはないだろう。
とはいえ、となると その読み方は結構難解というか、
小さな子供には10進法と12進法が合体している理屈が飲み込みにくいに違いなく。

 だというに、

短い針があのくらい、長い針があのくらいだと“2時”とか
短い針がも少し下がったら4時とか、
いつの間にやら覚えてしまい、
一丁前に待ち合わせの約束を一人でちゃんとこなしておいで。
大川を艀で渡った向こう岸、
大町の学校へ通う6年生のお兄さんは、
水曜日は5時間目までか、この時間に帰ってくるらしく。
それをお迎えに行って、一緒に遊ぶんだと意気揚々、
いいお天気になったしと元気溌剌で出て行った。

 “さて、それじゃあおやつを用意しとこっかな。”

カルピスとそれから、ベビーカステラがったわねぇと
こちらもウキウキ、笑顔が隠せないマキノさんだったりするのである。


     ◇◇


それから小半時して、
にぎやかな話し声と共に二人分の陰がガラス格子の曇りガラスへ落ちる。

 「たっだいま〜♪」

公園で遊びたい坊やだったようだけど、
朝からの晴れというわけじゃなかったので昨日の雨で遊具も地面も濡れたまま。
乾き切らないあちこちなのを見越したいがぐり頭のお兄ちゃんが、
家で遊ぼうと誘導してくれたらしく。

 「おかえりなさい。」

にっこりお出迎えに出て来たマキノへぺこりと頭を下げた剣道坊や。
口数は少ないがぶっきらぼうというのじゃなくて、
実直そうな不器用さが、年上のお姉さま方には却って可愛いと映るから不思議。

 「あんなあんな、今からでぃーぶいでぃ観るんだvv」

先週買ってもらった戦隊ヒ−ローの新巻、
刀の戦士の活躍の回があったの、ゾロってば見逃したんだってと。
しょうがないなぁなんてお兄さんぶっての言い回し。
そうと持ってった小さなお兄さんの段取りを見通して
なんてまあまあと微笑ましげに口許をほころばせつつ、

 「さあどうぞ。上がってくださいな。」

小さな二人をそのまま茶の間へ上げてやる。
何となくこうなるだろうと見越してのこと、
おやつの準備も万端だし、
ああその前にと卓袱台の前へ膝をついて、

 「DVDね、ちょっと待ってね。」

テレビをつけ、それへ繋いだHDDを起動させ、
ディスクをセットする準備をしてやろうとしかかったところ、

 【…とー巻き巻き、いーとー巻き巻き、引いてひいてトントントン♪】

舌足らずなお声が聞こえ、んん?と画面を見やれば、

 「あら。」
 「あー。なんだよこれっ。」

今も小さいがもっと小さなルフィ坊やが、
水色のスモック姿でお遊戯を頑張っている様子が映し出されていて。
ちっちゃな拳を胸の前でくるくる回し、
とんとんと打ち付けてから左右に引くという一連の動作、
時々回数を間違えて他の子からずれるのがまた可愛い。
寸の足らない腕で懸命に引いて引いてとんとんとんと
頑張ってる様子はもうもう愛くるしい以外の何でもなく、

 「ああ。きっと昨夜シャンクスさんが観てたのね。」

勿論のこと、ハンディタイプので録画したもの、
いちいち接続するのがめんどくさい、観たい時に観たいからと
こちらのHDDへもダビングしたらしく。
スイッチオンしたらそのまま続きとして映し出されてしまったのだろう。
ちなみに、これの前には前の年の“キラキラ星”が5連続でリピート録画されている。
自分の拙い姿は面白くないか、むうと膨れている坊やだが、
それと打って変わって、
ゾロの方はやや呆けたようなお顔で見入っているのが
正直だなぁとまた可笑しくて。
一区切りつくところまでを観てから
DVD用のセッティングをしてやって、

 「さあどうぞ。」

楽しく観てねとリモコンを手渡す。
台所へ用意したおやつ、運んであげなきゃと立ち上がったマキノさんのお背(せな)へ、

 「シャンクスめー、今度昼寝してる馬鹿顔 撮ってやるっ

坊やなりに凄んでいるつもりらしいお声が飛んできた、
初夏前の昼下がりのひとこまでした。







  〜Fine〜  16.06.20.


 *ちなみに、エースお兄ちゃんの同じような動画も山ほどあります。
  ルフィちゃんが生まれてすっかり関心とか目とか移ったと思ってたら大間違いで、
  幼いころの同じようなお遊戯とか初めて記念日ものとか、
  たんとあって、しかもデジタルへ焼き直している周到さ。
  結婚式の時にでも 皆様へ披露してやる気満々ならしいです。(笑)

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